簡単にわかる!バブル経済とその崩壊の仕組み

「バブル」といえば、1980年代後半のバブル景気を指すことが多いです。しかし、バブル経済は必ずと言っていいほど崩壊するもので、経済面はもちろん、精神的にも大きなダメージを受けます。バブル経済とはどのようなもので、どのように崩壊していくのでしょうか。バブル経済の流れについてまとめました。

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バブル経済とその崩壊に関するまとめ

バブル経済とは

バブルという現象を一言で定義すると、「モノの価値が実体経済よりも大きくかけ離れて上昇すること」となるでしょう。このような現象は主に大幅な金融緩和によって引き起こされます。

ただし単に低金利が続くだけではバブルは起こりません。低金利が長く続くとともに、ある特定のモノに対して「価格の上昇がずっと続く」という期待(=夢、願望)が人々の間で形作られ、そのモノに対して投機熱が発生することが必要です。

実体の価値以上に物の値段が上がってしまい、経済が過熱することを「バブル経済」と呼びます。「物の値段はもっと上がる」と人々が考えているとバブル経済になりやすいです。

バブルの元祖 チューリップバブル

ネーデルラント連邦共和国(オランダ)で1637年に起こった世界最初のバブル経済事件である。

オスマン帝国から輸入されたチューリップの球根が人気を集め、チューリップの価格が釣り上がっていくことで人々はチューリップ投資に熱狂し、わずか数年のうちにチューリップ価格は信じられない高値を付け、その後、価格が100分の1以下にまで下がり、オランダ諸都市は経済的混乱に陥った。

17世紀のオランダでは、チューリップの球根が人気となりましたが、投機は過熱化し、チューリップ1個で家が1軒買えるほどの値が付いたこともありました。しかし、最終的には買い手が付かない状態となり、バブルは一気にはじけます。

バブル景気とは

一般的に1986年12月から1991年2月までの4年3ヶ月をバブル景気と呼びます。土地や株が上がり続け、使っても使い切れないほどのお金があふれてくると信じられていた狂乱の時代。

後から振り返れば「そんなことあるわけないでしょ」と一笑に付すような話ですが、当時は多くの人々がその流れに翻弄され、踊らされてしまったのです。

1980年代の後半、土地や株の価格が上がり続ける「バブル景気」が発生しました。「土地神話」というものもあり、狭い国土の日本においては、土地の値段は上がり続ける、という考えがあり、土地の価格を押し上げました。

バブル景気の原因

円高で競争力の落ちた日本国内の輸出産業や、製造業を救済する為に、円高対策として、1987年2月までに5回の公定歩合引き下げが行われた。当時としては、戦後最低の2.5%となった。

金融市場では、急激な円高により、米国債券などに投資していた資金に為替差損が発生した。その結果、運用資金は為替リスクのない、国内市場に向けられた。

1985年のプラザ合意により、急速な円高が進行します。その対策として公定歩合の引き下げが行われますが、利率はこれまでにない低さであったことから、資金の供給は増加し、その資金は、国内の土地などに投資されます。

バブル景気の体験談

バブル景気の頃、今だったら考えられないようなモノを購入したという人も多い。エリコさん(43歳・百貨店勤務)は「やっぱりミンクの毛皮のコートです。20万円のシャネルの時計とか10万以上するスーツとかも購入していました」と話してくれた。「最近はユニクロやしまむらが御用達ですが(笑)」(エリコさん)

バブルの頃は、10万円以上の買い物が普通だった時代といえます。金銭感覚までバブルといえます。今ではとても考えられません。

バブル崩壊

もともと価格が上がるだろうという期待や予想によって形成された資産価格であるため、一度これらが崩れ、価格下落が始まると急速にバブルは崩壊へと向かいます。バブル経済は実体経済へ好景気も不景気も与えるんですね。米国発の世界恐慌や、1990年代日本の失われた10年などはその良い例でしょう。

実際の価値以上の値段が付けられているため、実際の価値を客観的に判断すれば、その価値は元に戻ります。しかし、大幅な値下げを伴うため、不景気が発生します。これが「バブル崩壊」です。

バブル崩壊は後から気付く

僕は予備校の授業で「バブル崩壊は1991年から」と教える。実際、地価の下落が始まったのは1991年だから、これは間違っていない。しかし、景気が明らかにおかしくなったなと実感できたのは、1993年の頭ぐらいからだった。でも実は、株価だけなら、すでに1989年末をピークに下がり続けていた。

なぜこんなズレが生じたのか?地価下落と不況の実感にズレが生じるのは、これはある意味当然の話だ。だって、不動産がうまく転がらなくなったからといって、その瞬間企業が即死するわけじゃないし、銀行から借りられなくなっても、まだまだ農協マネーをバックにつけている住専や長銀からは資金を借りられたからだ。

バブル景気は、一瞬にして崩壊したと考えられがちですが、バブルが崩壊したその時には気がついている人は少なく、後から気がついた人が大勢を占めました。地価が下落した当初は資金繰りも可能で、まだ、なんとかなると思っていた人が多かったからです。景気が悪化し始めて、人々はようやくバブルの崩壊に気がつきます。

中国は日本のバブル崩壊を教訓に

中国経済の成長が鈍化し、株価が急落していることに対し、英フィナンシャル・タイムズの中国語電子版は14日、中国は日本のバブル崩壊の歴史を学び、教訓とすべきだと論じる記事を掲載した。

記事は、中国政府は現在、日本の「バブルが弾けた後の教訓」に学ぶべきタイミングにあるとし、政府が株価と土地の価格を維持しようとした時に何が起きるのか、日本の教訓は中国にとって警鐘にあたるものだと主張。

出典:中国経済は日本のバブル崩壊を教訓にすべき 英紙が指摘 – ライブドアニュース

2015年夏、中国の株価は急落し、「中国のバブルは崩壊か」という言葉がマスコミをにぎわせています。日本において、バブルの崩壊は後から気がついた人が多かった、ということを考えると、日本のバブル崩壊の体験を学ぶべきといえるでしょう。

客観的な価値判断を失うと、バブル経済に突入

バブル経済とは、実体の価値以上の価格が付いて状態で、景気が過熱していることです。そのため、客観的に判断すれば「高い」ものでも、こぞって買い求めようとします。しかし、冷静に判断するとやはり「高い」ことに気がつき、結局、価格は暴落します。バブルが崩壊すると、企業倒産が相次ぐなど深刻な状況に直面します。

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