安田銀行(現みずほ銀行)の初代頭取・安田善次郎の魅力

渋沢栄一、中山素平、佐藤 康博、林 信秀それぞれ魅力的な人物だが、
もはや伝説レベルの初代善次郎氏について紹介しよう。

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一代で富を築いた「銀行王・安田善次郎」とはどのような人物だったのか?

・1838年
富山で生まれる。そろばんや読み書きに長け、寺子屋の子供達を集め貯金組合をつくる。

・1860年
江戸へ20歳で奉公に出る。「正直第一」という真面目な性格。

・1866年
26歳の時お金の両替をする「安田商店」を開業。幕府の両替で巨万の富を得る。
当時額面割れした(市場価格より低い値段で流通した)太政官札を大量に集めていた。

・1869年
太政官札が正式な日本の通貨として流通し価値を持つようになり、さらなり富を得る。

・1876年
第三国立銀行を開業。1880年には安田商店を安田銀行に改組。
明治の日本の公共事業に資金を提供し、政府や東京市、大阪市などからも信頼される。

・1887年
釧路港山、函館倉庫、硫黄の海外輸出などの利益により財閥を強固に。

・1893年
保険会社を設立。その後不動産業や安田製釘所、安田鉱山を設置。

・1899年
安田商事を設立し、多岐にわたる事業の統率を取る。

実に銀行は20社、損害保険会社などは29社も経営し、財界の要人としての地位を築きあげた。

座右の銘は「陰徳を積む」

幼少時から父から教わった心得で、誰にも知られなくとも人の為になる事をする、というもの。

・奉公先でも人の履物を仕事の合間に揃え、ゴミが落ちていればすぐ拾う。

・朝誰よりも早く起き向こう三軒両隣まで掃き掃除をし、水を撒いていた。

・乾物の良い物ばかり売り客の評判を呼んだ。

利己的な生き方は利益が逃げる、陰徳により利益が呼び寄せられる事を身を以て知っていたのだ。

大正10年(1921年)9月28日83歳、凶漢の凶刃にてその生涯を閉じるも、東京国立大学への寄付を遺族が実行。
その後もみずほ銀行として彼の魂は受け継がれている。

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